日本武尊(倭建命・ヤマトタケル)が神社に残した足跡を追う

日本武尊(倭建命・ヤマトタケル)は日本神話にとって特別な存在であると共に極めて不思議な存在です。第12代景行天皇の王子として生まれ、九州、出雲、そして東国を平定した英雄として描かれています。

しかしながら、九州や出雲平定の物語は「激情型で荒っぽい」、それこそ降伏した敵の狩猟だけではなく兄をも惨殺してしまうほどの強烈なキャラクターである一方、東国平定から現在の愛知県・三重県で亡くなるまで英雄にふさわしいジェントルマンになります。

それでいて最後は死して白鳥になって都に飛んでいく、というにわかには信じがたい伝説を残しています。

わくわくすることに、日本武尊の足跡は多くは神社に残されています。「日本武尊が海を渡った場所」「日本武尊が腰掛けた石」「日本武尊が上った山・丘」。それらが現在の地名として残されているところも少なくはありません。

果たして日本武尊とは何者だったのでしょうか?実在したのでしょうか?
なぜ、前半生に兄を殺すほどの激情型の人が、後半生人々から敬意を集める存在になったのでしょうか?
本当に一人の人間だったのでしょうか?

神社を巡りながら日本武尊の伝説に思いをはせてみましょう。

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日本武尊の足跡を追う

草薙伝説の地は本当に静岡?(静岡)久佐奈岐神社

三種の神器の一つ草薙剣関わる地として知られる静岡県には「くさなぎ」と名の付く神社は草薙神社だけではない。文字は異なるがこの久佐奈岐神社もその一つだ。草薙神社同様「草薙伝説」が色濃く残る神社。さて、なぜ同名の神社がこちらにも残されれているのか?古事記や日本書紀、はたまた偽書とも批判されるホツマツタヱからも読み解いてみよう。
日本武尊の足跡を追う

日本武尊東征伝説の白眉(静岡県)草薙神社

日本武尊が東征の際に逆賊が火を放って攻撃してきたのでその火を草薙剣でなぎ払って窮地を脱したあまりに有名なストーリーの伝説の地。実際には現在の鎮座地より少し下った天皇原という地区に祀られていたようで、後にこの地に遷座してきたとのこと。
全国一宮巡り

不破関を守る金属の神(岐阜県)美濃国一宮 南宮大社

養老山脈・南宮山を背後に美濃国一宮 南宮神社が祀られている。主祭神である金山彦命は金属の神として日本中の金山神社等で祀られているが、なぜ朝廷からこれほどまでに重要視されていたのだろうか?それは近くにあった不破関の重要性と関わりがないとは思われない。しかもあの日本武尊の最後の戦いのにほど近いのだ。
全国一宮巡り

日本武尊の白鳥はいずこ?(大阪府)大鳥大社

景行天皇の皇子、日本武尊は九州熊襲、東国征伐の後、伊吹山での悪い神との戦いに病を得、伊勢国能褒野の地で病没。その後白鳥になって畿内へ飛び、その終着地の一つがこの和泉国の大鳥大社であったとされる。しかし、もう一つ大鳥連の一族の祖先神を祀る姿。
茨城県の神社

春の桜につつまれたヤマトタケルの神績(茨城県)常陸国三宮 吉田神社

水戸市内を一望する常陸国三宮「吉田神社」は日本武尊(ヤマトタケル)の神績に祀られた創建約1500年を誇る古社。周囲の兼務社の御朱印もこちらで頂戴できる。
茨城県の神社

マルチな御神徳 (茨城県)常陸国總社宮

日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を縁起にもつ常陸宮總社宮は、常陸国の全ての神様を祀るマルチな御神徳を有するマルチな神社。同社の御朱印帳には手塚治虫のジャングル大帝の文様のものも存在。
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