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八幡様の休憩地・(山口県)琴崎八幡宮

琴崎八幡宮御朱印 山口県の神社
琴崎八幡宮御朱印
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琴崎八幡宮御朱印

琴崎八幡宮御朱印

[基本情報]

<鎮座(所在地)>

山口県宇部市上宇部大小路

<社格等>

宇部市総鎮守
旧社格:県社
神社本庁別表神社

<御祭神>

(主祭神)
品陀和気命(ほんだわけのみこと)[応神天皇]
足仲津比古命(たらしなかつひこのみこと)[仲哀天皇]
気長足比女命(おきながたらしひめのみこと)[神功皇后]

(配祀)
宗像三女神
多紀理比女命(たぎりびめのみこと)
市杵島比女命(いちきしまひめのみこと)
多紀津比女命(たぎつひめのみこと)

<縁起>

清和天皇貞観元年宇佐八幡宮より、京都石清水八幡宮にご勧請の際、海上風波のため御船を宇部郷琴芝の浦に寄せられ給ひし時、神徳を景仰し社殿を建て勧請す。爾来里人の信仰日に月に厚きを加え、領主藩主の崇敬も厚く、厚東氏長門霜降山に居城するや、城南の鎮守として代々崇敬す。
七代厚東武光長門国守護職に任ぜらるや、社地を西宮の地に移し、社殿を造営し祭事を奉仕し、崇敬最も厚く、後大内弘世長門国守護職となり、長慶天皇天授三年神託により、琴崎の地に奉遷す。此現在の社地なり。藩主毛利氏の崇敬さらに厚く正親町天皇の永禄九年社殿造営に当り、毛利元就は竺雲禅師を参拝せしめ献資す。領主福原氏代々崇敬厚く、社領を献じ東山天皇元禄十年福原広賴社殿を改造し奉る。福原越後は常に当社に参籠して国事の遂行を祈請す。昭和十一年三月壮麗なる現社殿を新築落成し境内外を整備拡張す。
明治六年郷社、昭和十三年県社、昭和四十一年には、別表神社に加列せらる。
『琴崎八幡宮 境内由緒書より』

[交通情報]

<公共交通機関>

JR宇部線・琴芝駅から徒歩40分(3km)

<車>

山陽自動車道・宇部ICから市街地方面へ車で約3分
山口宇部空港から国道190号線を西へ、国道490号線を北へ約15分
JR新山口駅から国道2号線バイパス~宇部有料道路経由で約20分
JR新山口駅から国道2号線~瓜生野交差点左折で約30分

(駐車場)

参道脇の社務所前付近に10台程度、社務所前駐車場に向かう通路途中に数台程度駐車スペースがある。

[参拝記]

琴崎八幡宮拝殿

琴崎八幡宮拝殿

琴崎八幡宮由緒書

琴崎八幡宮由緒書

山口県との連携プロジェクトがあり、最近山口への出張が多いのだが、今回は神社参拝の時間はとれないと思ってそもそも御朱印帳を持参しなかった。
たまたま時間がとれ、慌てて参拝を決定、御朱印帳を社務所で購入することとなった。
12月とは思えないほど暖かく、日曜日ということもあってちょっと遅い七五三の衣装を着せられたかわいらしい子供たちがたくさん鳥居をくぐっていく。
また、初宮参りなのだろうか、若いお父さん・お母さん、そして老夫婦が赤ちゃん連れで参拝に訪れていた。
縁起によれば、京都の石清水八幡宮に宇佐八幡宮から勧請の際に、瀬戸内海における嵐をしのぐためにいったん寄港したのが当時の宇部郷の琴芝の浦という港であり、その地にお祀りしたのがはじめとのこと。
山口宇部空港の近く、JR宇部線に琴芝駅という駅があり、この付近は埋め立てられる前は海岸だったのだと思われ、その付近が元々の鎮座地であろう。
山口県にはこのように畿内から九州方面、九州方面から畿内に移動の際に途中に寄ったり何らかのイベントが発生した地でお祀りされている神社が多い気がする。
それも、九州と畿内との陸上および海上の連絡点として重要な地域であったのだと思う。
天授三年(1377年)に現在の高台の地に遷座したとされる。高台の鳥居から下を眺めると、交通量の多い国道があるため、あまり歴史を感じさせないのだが、実際には社殿の下の国道脇には「琴崎八幡宮馬場遺跡」が存在する。
この遺跡では、琴崎八幡宮の丘続きの北端にあった畑から弥生式土器の破片が発見されているとのこと。
また、八幡宮宮司が神社裏の自宅付近から同様の弥生式土器や石包丁などを発見しているらしい。

琴崎八幡宮馬場遺跡案内板

琴崎八幡宮馬場遺跡案内板

「琴崎八幡宮境内の宮碑には「潮響三面与松賴和」(うしおさんめんにひびきしょうらいとわす)と記されているように、古い時代の風景は潮騒が三面に響き、風になびく松と共鳴し合っていたということから、その海岸沿いに突き出した琴崎の周辺に、稲作と漁撈で暮らす弥生人がいた様子がうかがえる。琴崎八幡宮から北上した北迫の丘陵地には弥生時代中期から後期にかけての竪穴式住居跡が見つかっており、貝塚や稲穂をとる石包丁なども出土している(北迫遺跡)」
『琴崎八幡宮馬場遺跡解説版』より抜粋

つまり、現在の本社の前あたりも海岸であり、弥生時代からすでに生活が営まれていた場所であったということだ。
当初本社が創建された琴芝の浦はだいたい現在の社殿から3km程度離れているが、その場所に風待ち港として宇佐八幡宮から石清水八幡宮に神様が移動される際に立ち寄ったことが本社の縁起につながった、ということなのであろう。

さて、境内に「夫婦小賀玉~縁結びの樹~」という神木があり、男性は右回り・女性は左回りで木の周りを回ることで夫婦円満・恋人円満・縁結び・恋愛成就というありがたいご神徳をいただくことができる。私の前に若いカップルがうれしそうに回っていた。一緒に回る女性は残念ながらいなかったので、彼らが回り終えて立ち去り、かつ、別の人が来なさそうなのを確認の上で、一人で2回ほどがっつり回らせていただいた。

琴崎八幡宮夫婦小賀玉案内板

琴崎八幡宮夫婦小賀玉案内板

琴崎八幡宮 夫婦小賀玉~縁結びの樹~

琴崎八幡宮 夫婦小賀玉~縁結びの樹~

本社社務所は御朱印帳の数も多く、バリエーション豊富で見ているだけでもたのしい。珍しいのは、御朱印帳のサイズが大きいものと小さいものの複数用意されている点だ。
持ち歩くには小さいサイズの方がよいのだが、御朱印をきちんと手書きしていただける神社の場合、大きいサイズに書いていただくと非常に見栄えがして素晴らしい。神社にお参りよかった!と感じられる瞬間でもあるので、山本直純氏の「大きいことはいいことだ」じゃないが、大きい方を選択させていただいた。あと、セット価格で「御朱印帳袋」付きで安く購入ができる。20年近く神社参拝の際に御朱印を頂戴しているが、「御朱印帳袋」を入手したのは初めて。(いつもは、御朱印帳購入時に大体付属してくる紙のホルダーのまま持ち歩いていたので。)

琴崎八幡宮御守授与所

琴崎八幡宮御守授与所

琴崎八幡宮御守授与所

琴崎八幡宮御守授与所入り口看板

境内は非常に清潔感にあふれ、拝殿前に「御守授与所」という御守りばかりを集めてある建物まである。かわいらしい御守りが多く、おじさんにはちょっと恥ずかしい。

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