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大蛇・龍神・三輪山…謎が重なる河内最古の宮(大阪府)延喜式内社 美具久留御魂神社

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# 大蛇・龍神・三輪山…謎が重なる河内最古の宮(大阪府)延喜式内社 美具久留御魂神社

 

延喜式内社巡り

 

 

2025.05.30

 

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## 目次

 

1. 基本情報
   1. 鎮座(所在地)
   2. 創祀
   3. 社格等
   4. 御祭神
      1. 主祭神
      2. 配祀神
      3. 境内社
2. 縁起
3. 交通情報
   1. 公共交通機関
   2. 車
      1. 駐車場
4. 参拝記
   1. 「喜志の宮さん」と呼ばれる古社へ
   2. 山そのものが御神体 — 大神神社との東西の縁
   3. 大蛇の正体は大国主命の荒御魂だった
   4. 神社名に秘められた「水泳御魂」の意味
   5. 三輪山・大神神社との不思議なつながり
   6. 朝鮮通信使の絵馬と、古墳の上に祀られた神
   7. 御朱印

 

 

## 基本情報

 

 

### 鎮座(所在地)

 

大阪府富田林市宮町3丁目2053

 

### 創祀

 

社伝では崇神天皇10年(紀元前88年)。この地に頻出した大蛇を大国主命の荒御魂と見定め、社殿を創建したのに始まるとされる。

 

### 社格等

 

延喜式:式内社(小社)河内国石川郡 美具久留御玉神社

 

旧社格:郷社

 

河内国二宮・石川郡総社と称されたともいう。

 

大阪みどりの百選 選定。大阪府自然環境保全地域。

 

### 御祭神

 

#### 主祭神

 

美具久留御魂大神(みぐくるみたまのおおかみ)
=大国主命(おおくにぬしのみこと)の荒御魂(あらみたま)

 

#### 配祀神

 

天水分神(あめのみくまりのかみ)
弥都波迺売命(みずはのめのみこと)
国水分神(くにのみくまりのかみ)
須勢理比売命(すせりひめのみこと)
木花咲耶比売神(このはなさくやひめのみこと)

 

#### 境内社

 

嘉喜門院御廟所(かきもんいんごりょうしょ)— 南朝・後村上天皇の女御で歌人・藤原勝子を祀る
皇大神社 — 天照皇大神・大物主神・事代主神
大伴神社 — 大伴黒主
郡天神社 — 菅原道真・事代主命・大国主命
龍神社(別宮・粟ヶ池北側)— 大国主命荒魂=和爾神を祀る

 

 

## 縁起

 

社伝によれば、崇神天皇10年(紀元前88年)にこの地にたびたび大蛇が出没して農民を悩ましたため、天皇自ら視察して「これは大国主命の荒御魂が荒ぶるものである、速やかに祀るべし」と命じ、出雲から生大刀・生弓矢を勘請させて祀ったのが始まりとされる。

 

その後、崇神天皇62年、丹波国氷上郡の氷香戸辺(ひかとべ)の子に神が降りて次の神託を告げた。

 

> 「玉萎鎮石(たまものしずし)。出雲人祭(いずもひとのいのりまつる)真種之甘美鏡(またねのうましかがみ)。押羽振甘美御神(おしはふるうましみかみ)底宝御宝主(そこたからみたからぬし)。山河之水泳御魂(やまがわのみくくるみたま)静挂甘美御神(しずかかるうましみかみ)。底宝御宝主也(そこたからみたからぬしなり)」

 

天皇はただちに皇太子・活目入彦命(後の垂仁天皇)を当地に遣わして祀らせ、「美具久留御魂(みくくるみたま)」の御名を贈ったとされる。

 

その後の歴史では、南北朝時代に楠木正成が勅命により社殿を再建し、南朝の勅願所となった。しかし天正年間に豊臣秀吉の根来寺攻めに伴う兵火で社殿が焼失し、江戸時代の1660年(万治3年)に現在の社殿が再建された。

 

文徳天皇実録の嘉祥3年(850年)には「河内国和爾神の神階を進め、従五位上を加う」との記録があり、この「和爾神」が当社を指すと考えられている。光孝天皇からは「河内大社」の勅額を賜ったとも伝わる。

 

 

## 交通情報

 

### 公共交通機関

 

近鉄長野線 喜志駅より南西方向へ徒歩約13分

 

### 車

 

西名阪自動車道 藤井寺ICより約20分
南阪奈道路 羽曳野ICより約15分
国道170号線(大阪外環状線)「宮前」交差点から西へすぐ

 

#### 駐車場

 

境内に参拝者用駐車場あり(無料)。
鳥居に向かって左側の道路を20m程度進み、そこを右折して参道に駐車スペースがある。
ちょっと入口がわかりにくいので注意。
秋祭り期間中は臨時駐車場が設置されるとのこと。

 

 

## 参拝記

 

### 「喜志の宮さん」と呼ばれる古社へ

 

本年5月、大阪府富田林市に鎮座する美具久留御魂神社(みぐくるみたまじんじゃ)を参拝した。

 

地元では「喜志の宮さん」の名で親しまれているこの神社、正式名称は読むだけでも一苦労だ。しかしそれだけ個性的な名前には、当然ながら深い由来がある。

 

近鉄喜志駅から南西に13分ほど歩くと、国道170号線(外環状線)を越えた先に境内が見えてくる。鳥居の背後に緑豊かな山が広がり、大阪府自然環境保全地域にも指定されている境内は6700坪。都市近郊とは思えないほどの鎮守の杜の雰囲気が漂っていた。

 

<!– 一の鳥居・参道の写真を挿入 –>

 

### 山そのものが御神体 — 大神神社との東西の縁

 

当社を参拝してまず目を引くのが、二の鳥居をくぐった正面に広がる小高い山の存在だ。

 

この山そのものが御神体(神奈備山)とされている。社殿はなく、山を直接拝む古代の信仰形態がここに生きている。日本でこのような「山そのものを御神体とする」スタイルの神社は極めて少なく、よく知られているのは奈良の大神神社(おおみわじんじゃ)くらいだといわれる。

 

興味深いのは、当社の本殿・拝殿・鳥居の向きが東を向いており、その先の二上山(にじょうさん)を正面に捉えていることだ。さらに二上山の奥、奈良盆地を越えた先には三輪山がある。そして三輪山を御神体として祀るのが、あの大神神社なのだ。

 

東西の直線上に、山を御神体とするふたつの神社が向き合うように存在している——これは偶然なのか、それとも古代人が意図的に設計したものなのか。考えるほど興味深い話である。

 

<!– 境内・御神体の山の写真を挿入 –>

 

### 大蛇の正体は大国主命の荒御魂だった

 

社伝によれば、崇神天皇10年(紀元前88年)にこの地に大蛇が頻出して農民を悩ませた。天皇自ら視察し、「これは大国主命の荒御魂の荒ぶるところである、祀るべし」と命じたのが当社の起源だという。

 

「荒御魂(あらみたま)」とは、神様の持つ荒々しく威猛な側面のことで、「和御魂(にぎみたま)」(穏やかで平和的な面)と対をなす概念だ。大国主命といえば出雲大社に祀られる国造りの神として知られるが、その荒御魂が大蛇の姿で現れ、人々を恐れさせていた——というのがこの神社の創建伝承の骨格である。

 

ここで思い出されるのが、出雲大社の大国主命と三輪山の大物主神の関係だ。日本書紀によれば、三輪山に祀られる大物主神は大国主命の「和御魂(にぎみたま)」あるいは「幸魂(さきみたま)・奇魂(くしみたま)」とされる。つまり三輪山=和御魂、そして当社=荒御魂という構図が成立する。山を御神体とする両社が東西に向き合うのは、このあたりに深い意味が隠されているのかもしれない。

 

また当社には、大国主命の荒御魂は「龍神・和爾神(わにのかみ)」であったという伝承も残る。境内の東700メートルにある粟ヶ池(かつては「和爾池」と呼ばれていた)の北側には、当社の別宮として龍神社が祀られており、大蛇・龍・水という古代の信仰の重なりが見えてくる。

 

### 神社名に秘められた「水泳御魂」の意味

 

「美具久留御魂(みぐくるみたま)」という社名は、どこから来たのか。

 

社伝によれば、崇神天皇62年に丹波国の氷香戸辺(ひかとべ)の子に神が降りて神託を告げた。その中の言葉「山河之水泳御魂(やまがわのみくくるみたま)」——「山川の清き流れを泳ぎ渡ってきた水泳御魂」——がこの神社の名の由来となった。

 

水泳御魂、すなわち「水を泳ぎ渡る神の御魂」。当社が「下水分社(しものすいぶんのやしろ)」とも呼ばれ、水神を配祀し、かつて境内近くに和爾池(龍の棲む池)があったことも含めて考えると、この土地一帯に古代から水にまつわる信仰が根付いていたことがわかる。

 

現在も当社の御神徳として水泳のご加護が知られており、アーティスティックスイミングの選手が参拝して世界選手権で金メダルを獲得したという逸話が残されているほどだ。古代の信仰が現代とつながる瞬間に、思わず感じ入ってしまった。

 

### 三輪山・大神神社との不思議なつながり

 

当社の御祭神・美具久留御魂大神は大国主命の荒御魂とされる。

 

三輪山の大物主神は大国主命の和御魂とされる。

 

そして両社はともに「山そのものを御神体」として東西の直線上に向き合っている。

 

さらに当社は「河内国二宮」あるいは「石川郡総社」とも称されており、延喜式での記載は「小社」でありながら、その実態は地域の中核的な神社であったと思われる。この社格と実力の乖離もまた、以前書いた杜本神社の「名神大社なのに旧社格は村社」という状況と通じるものがある。

 

延喜式の格付けと実際の地域での威信とが必ずしも一致しないのは、式内社を巡ることでしか見えてこない面白さの一つだと私は思っている。
ちなみに、1976年に出版された『式内社調査報告』という素晴らしい資料があるのだが、あまりにボリュームが多いことや、有り体にもうさば、非常に高価な書籍なので、大きな図書館で閲覧させていただくのがベストだと思う。
本社は『式内社調査報告 第四巻 河内国』編に所蔵されている。
### 朝鮮通信使の絵馬と、古墳の上に祀られた神

 

当社の見どころの一つに、下拝殿に掲げられた江戸時代の絵馬がある。縦98センチ・横189センチという大判の絵馬で、李氏朝鮮から日本へ派遣された朝鮮通信使の船旅の様子が描かれている。富田林市が「貴重な文化財」として紹介するこの絵馬は、全国的にも珍しいものだという。朝鮮通信使の評判が当時いかに庶民の間に広まっていたかを物語る資料として興味深い。

 

そして御神体の山に目を向けると、その後背には古墳群(美具久留御魂神社裏山古墳群)が分布していることもわかった。古墳時代前期の前方後円墳1基と後期の円墳3基で構成されており、1930年頃の調査で円筒埴輪と銅鏡が出土している。本殿の後ろの神聖な山が、そのまま古代の墓域であるとは——神社と古墳の重なりは全国に見られる現象だが、ここまで直接的に神体山と古墳が一体化しているのは珍しい。

 

大蛇の伝承、龍神信仰、水泳御魂の神託、三輪山との呼応、朝鮮通信使の絵馬、古墳群——一つの境内にこれほど多様な歴史の層が積み重なっている神社は、そう多くない。

 

「喜志(きし)の宮さん」と地元に親しまれながら、その内側には古代日本の謎が幾重にも詰まっている。これだから式内社巡りはやめられないのだ。

 

### 御朱印

 

社務所にて授与。
※御朱印の有無・授与方法については事前に神社へご確認ください(電話:0721-23-3007、受付時間:9:00〜16:00)。

 

 

**カテゴリ:** 延喜式内社巡り / 大阪府の神社

 

**タグ:** 大国主命 / 美具久留御魂大神 / 荒御魂 / 龍神 / 和爾神 / 大神神社 / 河内国 / 式内社 / 富田林 / 喜志

 

 

<!– ※【編集メモ】 –>
<!– 以下の箇所は実際の参拝時の写真・体験に合わせて修正・追記してください –>
<!– 1. アイキャッチ画像(御朱印写真)を冒頭に挿入 –>
<!– 2. 参拝日(2025年5月XX日)を正確な日付に –>
<!– 3. 「参拝記」各節の写真を実際に撮影したものに差し替え –>
<!– 4. 御朱印の実際の授与状況(直書き・書き置き・初穂料等)を実体験ベースで追記 –>
<!– 5. 70段の大階段や上拝殿など、実際に歩いた時の感想・体験を追加 –>
<!– 6. 参拝時の天候・季節感など、現場でしか伝わらないエピソードを追加 –>

 

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