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春日大社より2000年古い「元春日」— 近鉄の駅前に眠る太古の聖域(大阪府)延喜式内社 枚岡神社

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延喜式内社巡り


2025.06.XX

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目次

  1. 基本情報
    1. 鎮座(所在地)
    2. 創祀
    3. 社格等
    4. 御祭神
      1. 主祭神
      2. 境内社
  2. 縁起
  3. 交通情報
    1. 公共交通機関
      1. 駐車場
  4. 参拝記
    1. 近鉄の駅を出ると、そこが一宮だった
    2. 春日大社より古い — 「元春日」という称号の意味
    3. 神武東征の前夜、神津嶽に灯った最初の火
    4. 藤原氏の繁栄と枚岡神社の運命的な関係
    5. 「平岡氏」という謎の古代氏族と中臣氏の合流
    6. 鹿が神使、笑いが神事 — 春日大社との共通点と違い
    7. 御朱印

基本情報

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鎮座(所在地)

大阪府東大阪市出雲井町7番16号

創祀

社伝では神武天皇即位前3年(紀元前660年より3年前)。神武東征に際して天種子命(あめのたねこのみこと)が勅命を奉じて天児屋根命・比売御神の二神を東方山上の神津嶽(かみつだけ)に奉斎したことに始まるとされる。その後、白雉元年(650年)に現在地に奉遷。

社格等

延喜式:式内社(名神大社)河内国河内郡 枚岡神社四座

旧社格:官幣大社

現在:神社本庁別表神社・河内国一宮

御祭神

枚岡神社拝殿

主祭神(四殿)

第一殿 天児屋根命(あめのこやねのみこと)— 中臣氏の祖神
第二殿 比売御神(ひめみかみ)— 天児屋根命の后神
第三殿 経津主命(ふつぬしのみこと)— 香取神宮の御祭神
第四殿 武甕槌命(たけみかづちのみこと)— 鹿島神宮の御祭神

境内社

天神地祇社 / 若宮神社(天押雲根命) / 水走社 / 住吉神社 / 荒神社 / 多くの末社


縁起

枚岡神社の創祀は、社伝(『元要記』等)によれば、神武天皇が大和の地で即位される3年前まで遡る。

神武東征の砌、天皇の勅命を奉じた天種子命(あめのたねこのみこと)が、平国(国土平定)を祈願するため、天児屋根命・比売御神の二神を生駒山西方の霊地・神津嶽(かみつだけ、標高268m)の頂上に一大磐境(いわさか)を設けて奉祀した。これが枚岡神社の起源とされる。

その後、孝徳天皇・白雉元年(650年)に、天児屋根命の子孫にあたる平岡連等(ひらおかのむらじら)によって神津嶽の霊地から現在地に社殿が造営・奉遷された。現在地への遷座の理由は、当時の難波宮の東(鬼門)を守護するためであったとも伝えられる。

養老年間(717〜724年)、都が奈良の平城京に移ると、藤原氏は都を守護するために氏神である天児屋根命と比売御神を枚岡神社から分祀した。これが奈良・春日大社の創建である。このことから枚岡神社は「元春日」「はじまりの春日」とも称されるようになった。

さらに宝亀9年(778年)には春日神社から経津主命・武甕槌命の二神を迎えて配祀し、現在の四殿の体裁が整った。

平安時代には藤原氏の繁栄とともに社格が急上昇し、貞観元年(856年)には天児屋根命の神階が正一位勲三等の極位に達した。延喜式神名帳では名神大社として列せられ、月次祭・相嘗祭・新嘗祭への奉幣が行われる最高格式の神社となった。


交通情報

公共交通機関

近鉄奈良線 枚岡駅より徒歩すぐ(駅の正面が参道入口)

大阪難波・近鉄日本橋・鶴橋方面から約25〜30分

西名阪自動車道 東大阪北ICより約15分
第二阪奈道路 枚岡ICより約5分

駐車場

境内に参拝者用駐車場あり(無料)。


参拝記

近鉄の駅を出ると、そこが一宮だった

H27.1.10、大阪府東大阪市にある枚岡神社を参拝した。

近鉄奈良線・枚岡駅の改札を出ると、目の前に大きな鳥居と参道が現れる。駅と神社がこれほど一体化している光景は、全国の一宮の中でも珍しい部類に入るのではないだろうか。

奈良方面に参拝するとなると最近ではカーシェアを利用することが多い(便利!)。ただ、平成27年当時は今よりもう少し若く元気だった(と思う)ので、よく奈良に抜ける近鉄奈良線をつかっていた。乗り放題切符などを片手に回っていたが、ここに「河内国一宮」があるとは知らずに何十回も素通りしてきたという人は多いはずだ。私もそのひとりだった。

背後には生駒山地が迫り、境内は深い森に包まれている。都市近郊とは思えないほどの鎮守の杜の空気が漂う。大阪のビル群を眼下に見ながら、古代そのままの霊気が残っている稀有な場所だと感じた。

枚岡神社鳥居

春日大社より古い — 「元春日」という称号の意味

枚岡神社を語る上で欠かせないキーワードが「元春日(もとかすが)」という称号だ。

春日大社といえば奈良を代表する大社であり、全国の春日神社の総本社として知られる。その格式と知名度は圧倒的で、世界遺産にも登録されている。

ところがその春日大社の主祭神のうち2柱——天児屋根命と比売御神——は、もともと枚岡神社に祀られていた神様なのだ。

奈良時代、都が平城京に移ると、藤原氏は都の守護のために氏神である天児屋根命と比売御神を枚岡神社から分祀して奈良に祀った。それが春日大社の創建(神護景雲2年・768年)である。

つまり枚岡神社の祭神が春日大社へと「分霊」されたのであって、順番は「枚岡神社が先」「春日大社が後」なのだ。さらに後に春日大社から経津主命・武甕槌命の二神が逆に枚岡神社に迎えられ、両社は深く結びついた神社となった。

現在でも枚岡神社には春日大社と同様に鹿が神使として大切にされており、境内には鹿の姿も見られる。春日大社の鹿は有名だが、その鹿信仰の源流のひとつがここ枚岡にあるという事実は、意外と知られていない。

鹿の関係する神社と言えば茨城県の鹿島神宮も有名で、以前参拝記を書かせていただいているので、是非この機会にそちらもお読みいただければ幸甚である。

枚岡神社参道階段

 

神武東征の前夜、神津嶽に灯った最初の火

では枚岡神社はいつ、誰が創建したのか。

社伝(『元要記』等)によれば、神武天皇が大和の地で即位する3年前——つまり神武東征の最中——に、天皇の勅命を受けた天種子命(あめのたねこのみこと)が国土平定を祈願するため、天児屋根命・比売御神の二神を生駒山西方の神津嶽(かみつだけ)という霊地に祀ったことが始まりとされる。

この創建伝承に登場する天種子命という人物が興味深い。日本書紀・神武天皇即位前紀には、天種子命が筑紫の菟狭(うさ)で菟狭津媛(うさつひめ)と結婚したと記されており、神武天皇の侍臣にして中臣氏の遠祖とされる人物だ。

つまり枚岡神社の創建とは、神武東征という日本建国の物語と、中臣氏という後の日本の祭祀を担う氏族の歴史が交差する瞬間に生まれた出来事なのである。

創建年代の史実性については諸説あるものの、神津嶽における山岳信仰が当社の創祀であるという点は歴史考証上でも認められており、その始まりが相当に古い時代に遡ることは確かだろう。

藤原氏の繁栄と枚岡神社の運命的な関係

延喜式で名神大社に列せられ、月次祭・新嘗祭に朝廷から勅使が派遣されるほどの格式を誇る枚岡神社だが、その社格上昇の背景には藤原氏の存在が欠かせない。

中臣氏の祖神である天児屋根命を祀る枚岡神社は、中臣氏——そして中臣鎌足以降は藤原氏——の氏神として特別な位置づけを持っていた。藤原氏が日本の政治の中枢を握っていった奈良・平安時代、その氏神を祀る神社が朝廷からも篤く崇敬を受けたのは自然な流れだった。

貞観元年(856年)に天児屋根命の神階が正一位勲三等の極位に達したのも、この時代の藤原氏の権勢の絶頂期と重なる。

ここで思い出されるのが、以前この大阪シリーズで書いた杜本神社の「名神大社への出世を後押しした藤原氏の影」という考察だ。杜本神社では百済宿禰永継(藤原冬嗣の母)との関係が社格上昇に影響したとされていた。枚岡神社はより直接的に、藤原氏の氏神そのものとして、その繁栄と運命をともにした神社なのだと改めて感じる。

<!– 境内の写真を挿入 –>

「平岡氏」という謎の古代氏族と中臣氏の合流

もうひとつ、枚岡神社の歴史で見過ごせない謎がある。

社伝によれば、神津嶽から現在地への遷座(650年)を行ったのは「平岡連等(ひらおかのむらじら)」という氏族だとされている。この平岡氏とはいったい何者なのか。

研究によれば、枚岡神社の祭祀にはもともとこの地の古代氏族・平岡氏があたっていたが、後に平岡氏と中臣氏が同族関係を結んだことで、もともと平岡氏が祀っていた神様が中臣氏の祖神・天児屋根命に結びつけられていったとする説がある。

地元の土着氏族の神が、より大きな政治的権力を持つ氏族の祖神と結びつき、融合していく——このパターンは当ブログで繰り返し見てきた「式内社あるある」のひとつだ。杜本神社での渡来系氏族の氏神が経津主神と結びついた話、美具久留御魂神社での大国主命の荒御魂伝承の形成——枚岡神社もまた、その文脈の中に位置づけられる神社なのかもしれない。

鹿が神使、笑いが神事 — 春日大社との共通点と違い

春日大社と枚岡神社の共通点として、鹿が神使とされていることはすでに触れた。もうひとつ面白い共通点がある。

毎年12月23日に枚岡神社で行われる「注連縄掛神事」——通称「お笑い神事」だ。神職・巫女・参拝者が一緒になって「わははははは」と大声で笑うという、全国でも極めて珍しい神事だ。笑い声で邪気を払い、新年の幸福を呼び込むとされる。

天岩戸の伝説で天照大御神が隠れた際、アメノコヤネノミコト(天児屋根命)が祭祀を取り仕切り、天宇受売命(アメノウズメ)の踊りと神々の笑い声で天照大御神を引き出したという神話と対応するこの神事は、当社が祭る神の性格をよく表している。

「笑い」が神事になっている神社は日本中を探してもほとんどない。これほど個性的な神事が都市近郊の一宮で続いているということ自体、この神社が古代から変わらぬ信仰の中核を保ち続けていることの証ではないだろうか。

御朱印

社務所にて授与(直書き)。 初穂料:300円(参拝時) ※授与状況は変更になる場合があるため、事前にご確認ください。


カテゴリ: 延喜式内社巡り / 大阪府の神社

タグ: 天児屋根命 / 中臣氏 / 藤原氏 / 春日大社 / 河内国一宮 / 式内名神大社 / 枚岡神社 / 東大阪 / 神武東征 / お笑い神事


 

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